2007年05月11日

おがさわら丸

おがさわら丸は6700トンの大きな船であり、航海時間は二十五時間半、つまり丸一日以上を船の上で過ごすことになる。

 竹芝客船ターミナルの窓口で搭乗券をもらい、持参した折り畳みの自転車を預け、その後はその受付順に客船ターミナルの前の広場に並んで乗船を待つ。前の広場では受付番号順にプラカードが並べられ、その前に並ぶのだ。

 いよいよ乗船となったが、船に乗ったときに二等客席の人には番号が書いた紙が渡される。そして二等客室に入ると、番号が書かれた紙が置かれた毛布が整然と並べられていて、その番号の場所がこれから自分の二十五時間半を過ごす場所となるのである。
しかし、その場所はかなり狭く、足を伸ばして寝ると、前の人の足に当たるほどだ。

もちろんおがさわら丸には二等客室の他にも、特等から特二等まで部屋は用意されているのであるが、特二等でも、二等客室利用の運賃より一万円以上高くなるので、普通の人ならば二等を選んでしまう。このときには、おがさわら丸の定員1031名の半分ほどの500名ほどしか乗船していなかったが、混雑時にはどうなるのかと思ったぐらいである。


 午前十時、おがさわら丸は定刻に竹芝桟橋を離岸した。船はしばらく東京湾を後ろ向きに進んで方向転換をし、それから太平洋に向けての航行が始まる。

 この日は雨こそは降っていなかったが、厚い雲が立ち込めていて東京湾の中では、お世辞にも景色がいいとは言えない様子である。私はしばらく甲板にいたのだが、羽田空港の横を通過するときには飛行機の離発着をたくさん見ることができ、頭上を飛行機が飛んで行った。

そのうちに寒さに耐えられなくなり船内に入る。私はかなり乗り物酔いをするほうだ。もちろん薬は飲んだが、これから丸一日以上船酔いをしないようにどう過ごそうかを考えていた。

 船内には、レストラン、喫茶スナック、売店などもあるが、自分の一畳分もないスペースの他にはあまり居場所にできるところはない。
新聞などが読める僅かな座席か甲板ぐらいが時間を潰せる場所となる。ずっと寝ている人もいたが、私は夜に眠れなくなると困るので、消灯時間までは起きておくことにした。

このような船内ではいろいろな人と話したり、仲良くなったりすることが多いのだが、私は人に気を遣うのが嫌だったので、あえて誰とも関わらないようにしていたのであった。



このときのおがさわら丸の航海は、東京都のモニターツアーの関係で、普段は寄ることのない八丈島に立ち寄ることになっていた。
八丈島では一般客の下船はできず、八丈島からのモニターツアー参加者を乗せるのみの立ち寄りとなる。どんよりとした雲の下の広い海に浮かぶおがさわら丸は、大島をはじめ伊豆諸島の島々を遠目に見ながら夕日の落ちてゆく八丈島に着いた。八丈島では慌しくモニターツアーの参加者が飛び乗ってきた。岸壁では見送りの人々が和太鼓の演奏をしたりして、観光地をアピールするような演出をしていたのであった。


 午後十時、客室は消灯時間となる。私も横になりしばらく眠っていたが、夜中に起きてしまい眠られなくなってしまったので、自動販売機でビールを買って一人で飲み続けていた。夜には甲板は閉まっていて外には出ることはできない。新聞の置かれている椅子に腰掛けてあまり落ち着かずに飲んだ感じがした。

 午前六時、起床時間となり、客室に電気がつく。電気が付けばまわりもどんどん起きだしてきてうるさくなるので、私もまた起きてしまった。


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